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30年。 [雑談・雑感・ひとりごと]

30年前の今日、初めて競馬場に行ったみたいです。


毎年この時期の阪神開催になると、初めて競馬場へ行ったのを思い出します。
メインは鳴尾記念でしたが、当時はハンデのG2戦で距離は2500m、この時期に施行されていました。

まあ、何度かここにも書いたことがあるので、最近はこのネタに触れる事もなかったのですが、ふと思い出して勝ち馬(ヤエノムテキ)の戦績調べてみると鳴尾記念に出走しているのは1988年の12月4日。

今日は2018年の12月4日・・・ちょうど30年前だったようです。

競馬そのものはこの年に入った頃から興味を持っていたので、いつから競馬ファン?とはなかなか線引きできないのですが、初競馬場というのは、ひとつのターニングポイントですよね。


表紙.jpgたしかレーシングプログラムが・・・と思って、押入れ開けてみると、ありました、ありました。

紛うことなき1988年12月4日のレーシングプログラム。

表紙が黄ばんでいるのが30年の重みかと思いがちですが、当時のレーシングプログラムはこういうベージュ色だったんですね。

少し中を見てみましょう。



タマモクロス.jpg開いてみると最初に前年の鳴尾記念の覇者・タマモクロス。

初重賞がこのレースで、ここから翌年(つまりこの年の)天皇賞(秋)まで重賞6連勝を飾る芦毛時代の幕開けとなるレースでした。

ちなみにsonodayaはオグリ派ではなくタマモ派でございました。



19881204_05R.jpg
出馬表(これは5Rの3歳新馬戦)を眺めてみると豊Jも松永幹夫Jも減量のマークが・・・

豊Jとミッキーの間には昆調教師の名前も見えますね。
正直、騎手時代の昆先生は全く記憶にありません。m(_ _)m

ちなみにこの日から14年後の12月7日、日付は違えど5回・阪神・2日目の新馬戦を勝ったのがアルドラゴン。鞍上は武豊J、調教師は昆貢師でした。昆先生の名前が見えたので、アルドラゴンの戦績を調べてみて気が付いたのですが、何か不思議な気持ちになりますね。


WSJS.jpgこの日は第2回のワールドスーパージョッキーズシリーズも開催されていたようです。

今見れば凄い人ばかり、ダンシングブレーヴのP.エデリー、キングマンボやモンジューのC.アスムッセン、リファールやミエスクのF.ヘッド、ノーザンダンサーやジョンヘンリーのW.シューメーカー、C.マッキャロンはBCクラシックでサンデーサイレンスに一度だけ騎乗しましたね。
まさにワールドスーパージョッキー!

しかしなんと言っても、今の私的には佐々木竹見さんでしょうか。
この時点(1988年11月6日)では、通算6229勝となっていますね。

確かに、このレジェンド達のレースを見てるはずなんです・・・でも全く覚えてないんですよねぇ。
そら初めて競馬場行った人ですから、どれだけ凄い人達かは判らんですよね。
今思えば目に焼き付けとくべきでした。惜しいことです。


19881204_10R_鳴尾記念.jpg19881204_11R_ゴールデンサドルトロフィー.jpg鳴尾記念にはヤエノムテキの他に、ミスターシクレノンやダイナカーペンターなどコアな名前も見えますね。

また9Rのゴールデンサドルトロフィー(900万下)には、後のマイルチャンピオンシップ勝ち馬・パッシングショットの名前も見えます。





002.jpg001.jpg今、競馬場へ行くと「来場ポイントキャンペーン」で当る「平成ダービー馬だよ!30頭集合!!」グッズ。これの一番最初に出てくるのがウィナーズサークルで、もちろん平成元年のダービー馬なんですが、平成元年は1989年、この初めて競馬場に行った次の年なんですよね。



つまりこの「平成ダービー馬だよ!30頭集合!!」は、偶然ながら自分の競馬史そのものと言えます。
なんか特別に思い入れのあるグッズになりました。
全部欲しいぐらいなんですが、3等の湯呑み・フェイスタオルが厳しそうですねぇ。

競馬ファンは、その時のダービー馬で年を覚えていると言いますが、本当に一頭一頭名前を見ていくと、その時々の思い出が蘇ってきますね。

トウカイテイオーにはハマったなあ。
アグネスフライトの時は、長期の東京出張中で初めて府中に行ったなぁ。
ディープスカイの年にサラリーマン辞めたなぁ。

・・・一晩と言わず、二晩でも三晩でもいけそうです。

そんなこんなで喜びも悲しみも幾歳月・。
今夜は感慨もひとしおです。



コメント(2) 

コメント 2

COBRIDER

そうですか~^^
初めて競馬場へ行かれたのがちょうど30年前だったのですね。
ワタシはいつだったかなぁ、園田や淀へおじいちゃんに連れて行って貰ったのは本当にもう小さい頃だから、自分の意思で行ったのはもう少し大きくなってからだったと思います。
マツノエブエの頃には既に競馬場通いしていたから1989年頃のようです。

その年のダービー馬(もしくは馬券勝負した馬)で語る歴史、本当に1晩じゃ足りないですね^^
ファンそれぞれに、それぞれの想いあっての競馬です、素敵なスポーツだと心底思いますね。
レープロは保存しておくべきでした。
結構な量を捨ててしまったので後悔しています・・・・・・T-T
by COBRIDER (2018-12-05 23:49) 

sonodaya

> COBRIDERさま

コメントありがとうございます。

「なんとなく・・・」という感じで、ずっと残してあっただけなんですが、これぐらい経つと「置いといて良かった」という気持ちになりますね。

初めて競馬場へ行くワクワク感や少しの緊張感(当時は今ほどレジャーという感じではなかったですもんね)が蘇ります。

新鮮な気分で馬を感じる事ができて、「馬はいいな」と改めて思いますね。


by sonodaya (2018-12-06 08:46) 

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